今日も犬に負けた

そういえば明日は地球最後の日だから犬に負けないように生きな

なんのために生きているか度々考える人へ

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「なんのために生きているか?」なんて犬たちは考えもしないでしょうねえ。

こんなこと考えるのは人間だけでしょう。

考えても無駄という人もいますが、ついつい考えてしまうということは、そこに何か深遠なテーマが含まれていると思います。

 

先日「人生逆転」って話を書いたけど・・・

この前、「人生逆転」って話を書きましたが。。。

こちらです。

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別に貧乏暮らしから大富豪へとか、ビジネスで大成功とか、そういう意味で書いたんじゃないんですけどね。

いや、まったく違うんですけどね

人生どん底、または何やっても上手くいかないと思っている人に対してのブログでした。

つまり、普通に生活して普通に楽しい人生を送ってね、という話です。

 

なんのために生きてるの?って思ってた子供時代

そもそも、自分も30歳くらいまでは、なにをやっても思うようにに行かないし、うまくいきませんでした。

家から外に出れば、出会う人は大人も子供も嫌な人ばかり。

なんで世界はこんな酷い有様なんだろうってよく思いました。

子供の頃も、よく思いましたよ。

「どうして生まれて来たんだろう」

なんてね。

 

裕福ではないですが普通のサラリーマン家庭に育ちました。

別に「いじめ」にあっていたわけでもありません。

勉強も出来る方でした。

でも、不満でいっぱいでした。

親も厳しいし、クラスメイトは意地悪なヤツばかり、教師も人間失格なヤツばかり。

せめて、普通の世界で普通に生活したいよ。

そう思っていたのです。

 

役に立った左翼先輩たちの「偉そうな態度」苦笑

大学時代でしょうか。

こんなろくでもない世の中は変えた方がいい、そう思ってまして。

自然保護活動、障害者などの支援をするサークルなど、人のためになるサークルにいろいろと顔を出しました。

アホばかりのテニスサークルに入って合コン三昧という同級生を心の底から軽蔑していました。苦笑

 

でも、そういう慈善的サークルに入ると、今で言うところのシールズみたいな人達がたくさんいまして。。。

単に世の中の社会問題について論じるだけなら良いのに、なぜか憲法問題から天皇制反対とか、従軍慰安婦問題、戦後補償問題の話とかが出てきて、非常に困惑した記憶があります。

でも、そういった左翼系の人達って、なぜかすごく「偉そう」なんですよ。笑

「社会の常識やルールは間違っている堂々と無視せよ!」みたいな。笑

これは当時の自分にとっては新鮮で、ある意味、感化されてしまったのでした。

 

少しくらい偉そうに振る舞った方がいい

この「偉そうな態度」は、僕の今までの性格とはまるで逆の方向性でした。

おかしなことばかり起こるのは、社会がおかしいからだ。

そのような社会のルールに従う必要はない。

なぜなら、社会の方が間違っているからだ。

大学1年の時にこういう考え方に出会って、自分勝手な人達の作ったバカなルールに従って生きるということ自体がバカだなと思ったのです。

ある意味で、社会を見下すようになったのです。

 

ところで「図々しい人」っていますよね。

人の気持ちを考えずに自分の主張だけを通して平気な顔をしている人。

でも、他人に迷惑を掛けないなら、少しくらいは図々しくして、上から目線で接したほうが、精神的にラクになるということを発見したのです。

 

ここから成長しないとパヨクのままですので注意(笑)

しかし、まだ大学生ですから、親の支援で生きているわけです。

そこがまだ自分には自覚が足りなかったように思います。

つまり「人に頼っている」のに「偉そうに振る舞う」のはダメなんです。

主張に説得力がないので何を言っても認めてもらえないからです。

 

なので、身の回りの嫌なことや嫌なヤツが気にならなくなって、精神的にはラクになったけど、今度は「世の中から認められてない」という気持ちが強くなってきたのです。

 

こうすれば世の中から嫌なことが減って上手くいくのに、なぜ世の中は変わっていかないんだ。

なぜ、組織は変わらないんだ!!

そうです、だんだんパヨクに近づいてきた自分がいたのです。苦笑

 

国歌斉唱を無視する教師が再雇用の訴訟を起こすバカさ加減・・・

そもそも自分のルールだけを通そうとすれば、組織で上手くやれません。

しかし、組織が間違っているんだと思うから、組織を変えてやろうと思うわけです。

でも組織に頼っているのに組織を否定したら、組織内で認められるるわけないんですよね。

組織とは家族であり、会社であり、国でもあります。

 

社会的に認められるには、そこからさらにまた一歩抜け出なくてはなりません。

パヨクのままで社会に出ても組織でうまくやれるはずがないのです。

 

先日ニュースで国歌斉唱を無視したことを理由に再雇用を拒まれた元教師が、再雇用しないのは差別だとして訴訟をおこして負けたという記事を読みました。

当たり前ですよね。

社会に出てからも「学生パヨク」のままだと、こういう大人になってしまうのです。

つまり自己矛盾していることに気がついてない大人になってしまうのです。

 

周りを変えようとしないこと自分を変えること

結局、上から目線になって精神的にラクになっても、周りは変わらないのです。

周りは元と変わらず、嫌な世の中、嫌な人ばかりなのです。

周りが変わらないことにイライラするからダメなのです。

パヨクのように反対運動で大声で怒鳴りちらしても周りは何も変わりません。

人も組織も変えてやろうと必死になると、必死に抵抗されるからです。

それは物理の授業で学んだ、作用反作用の法則と見事に同じなのです。

 

であれば自分が変わること。

イヤだなあと思う元を絶つ(距離を置く)こと。

なるべく良い気分だけを味わうように好きなことをやる。

でも、ちょっとやそっと変えただけではダメでしてた。

そこでやってみたのが前回の人生逆転のブログだったのです。

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