今日も犬に負けた

そういえば明日は地球最後の日だから犬に負けないように生きな

人生には波があることを知ると強く生きられる



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体内時計ってあるよね

人間には体内時計というものがあるらしく、一定のリズムを持って毎日を生きているそうな。

徹夜したり、寝坊したりするとリズムが壊れると言う人がいるが、それは人間の能力をバカにした言い方で、実際には徹夜したり寝坊したりしてずれた時間は、その時間を正しいものとして修正してくれている。

時差ぼけが直るのはそのためですな。

というわけで、そういった体内時計・リズムをバイオリズムという。

そんでもって、バイオリズムの計算法ってのがある。

微妙に周期が異なる体調、感情、知性と3つの波があり、それの組み合わせでその日の調子を測る(予測する)というもの。

高校時代ちょっと流行ったので自分の生年月日から逆算してデータを作ってみたが、まあ、さっぱり当たらないんだな、これが。

まあ、体内時計が逐次乱れを微調整することを考えれば、生年月日以降、完璧に周期が乱れることがないと仮定しているこの計算法は無理がある。

と思いますな。

 

波動論・・・すべてのものは波動らしい

人生で2回大学に行ったのですが、最初の大学に入学した時、授業に「波動論」というのがありました。

実際に履修する前に中退しちゃったたので概論しか知らないけど、「すべてのものは波動である」みたいな理論らしい。

確かに物理的に存在するすべてのものが波動であるというのは正しいと思いますね。

なぜ正しいかというのを科学は実験で立証するんだけど、自分のような理系挫折人間は実験などする資格はないので自分の感覚(バイオリズム)で体験しようと。笑

 

二元性のある存在はすべて波(波動)なのです

でバイオリズム計算で言うところの感情とか知性に周期があるという考え、自分が思うに厳密な周期は無いと思うんですよね。

周期とは時間であり、時間というのは客観的に計る時間と、体感時間があるから。

科学では客観性が無いとインチキですが、そもそも物事に客観性などないです。

絶対的な存在があるだけ。

客観性を与えるのは人間だから、時間を主観で計っても本人がその時間を自分自身に適用するのであれば何の問題も無い。

簡単に言えば、こういうこと。

波動は波。

波にはMAXとMINがある。

二元論です。

世の中の基準は二元論。

正と負。暑い寒い。男と女。高い低い。

片方の概念が無ければ片方の概念も決して存在しない。

闇で暮らす人間は明暗を理解できない。

そして、存在するすべてのものを人間が意味づけしているということは、すべてのものが二元論です。

そしてそれも同じく自分だけの感覚・主観であり、絶対的ではない。

よって客観的(科学的)に見れば厳密な波動ではないけど、主観で見れば人間は、そして、人生は波動なのです。(ちょっと苦しいかな・・・)

 

人生は「らせん」なのです

うーん、でも、そうですよね。

すべてのものが変化しています。

主観的(非科学的)に見れば仏教の諸行無常だし、客観的に見れば科学的に言うエントロピーの法則(?だっけか?)と言える。

つまり暑いときがあれば寒いときもある。

地球が傾いてるおかげで常夏の熱帯地方でも寒暖の差はある。

つらいときもあれば楽しいときもある。

でも同じ瞬間というのは存在しない。

それはつまり二次元的な波ではなく「らせん(スパイラル)」。

人生はらせん。

波動に時間軸をプラスしたものというか。そういうもの。

余談ですが、円は波で球はらせんとも言える。

普遍的な「形」に人生におけるドラマ凝縮されていいる!

みたいな漠然としたアイデアがあったんです、理系時代は・・・。苦笑

 

すべてが波であることを知ると強い!

物事、人生、自分自身には波、バイオリズムがあることを人生において悟る意味は大きいと思います。

今生きている人の中で、生まれてずっと不幸だったという人はいないはず。

すごく小さな瞬間だが幸せなこともあったはず。

「苦しい!悲しい!」

けれど、もう少し我慢すれば必ず楽しい!嬉しい!ときが来る!

それを知っている人は我慢ができる。

「これって最高におもしろい!」

けれど、必ず飽きる、退屈する時が来る。

それを知っている人は執着しない。

ここでもやはり物事は心の持ちようということになります。

ということは、つまり、なんと、絶対的には苦しい事や退屈なことなんてないんだ!とわかります。

けど、知ってても実践するのは難しいんだな、これが。苦笑

だから人生って面白いんだねぇ。(しみじみ・・・。)