今日も犬に負けた

そういえば明日は地球最後の日だから犬に負けないように生きな

不寛容社会を批判する「自分勝手」な人たちには賛同はできない



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週刊文春小室哲哉氏の不倫疑惑記事を出しましたね。

そしたら、今度は小室哲哉氏が引退会見を開くという、なんだか、わけのわからん展開に。。。

 

小室哲哉氏が不倫したかどうかに興味はないけど

今回、小室哲哉氏が不倫をしたかどうか、そこにはあまり興味はありませんでした。

それよりも、文春が叩かれたことに興味を持ちました。

要するに、「週刊文春、やりすぎだろ」という意見が大きくなったことです。

別に文春のせいで引退したわけではないのになと。。。

小室氏の意志の問題だし、おかしいなと。。。

 

テレビでも、芸能人の不倫に対して、「昔は寛容だった」とか、「その程度で叩かれたら芸人は大物になれない」とか、なんだか、意味不明で身勝手なことを言う人がいます。

文春がやり過ぎた結果、そっちの古い自分勝手な人たちの意見が再び優勢になったら、それはそれで困るってのが自分が危惧するポイントです。

 

「不寛容社会」って、それは論理のすり替えです

こういった最近の世の中の風潮。

不倫はダメとか、暴力はダメ、失言はダメとか。

ごく自然な流れなんですよ。

「不寛容社会」を許すなって言う人がいるけど、ぜんーんぜん、違いますよ。笑

今まで威張って暴挙を振るっていた人たちが、みんな落ちていくだけですから。

 

だって、あなたは、妻や夫に不倫されて嬉しいですか?

勉強ができない、体育ができないからって、先生に殴られて嬉しいですか?

愛のムチ? 本当に愛を感じますか?

トランプの「便所みたいな国」発言。

発言の背景を考えれば共感する人もいるでしょうけど、その国に住んでいる人全員を傷つける必要があったのか? そんなわけないです。

 

不公平な社会から脱却しつつあると思う

 簡単に言うと、不快なことを減らしたいだけなのです。

それは本能からの要求であり、それを否定することを不寛容とは言わないんです。

自分勝手な行為で他人に危害を加えることを禁止するのは、不寛容とは言わないんです。

それは本来なら言うまでもなく「当たり前のこと」です。

でも、それが業界の慣習だったりすると、なかなか変われないものです。

こういう時に今の文春砲だのなんだのという世直し的なパフォーマンスというか風潮は、変化の契機になります。

 

不寛容社会という言葉に政治的なものを感じる。。。

なので、他人の不幸を見て見ぬふりをしてきた社会を、これからは許さないってことなんです。

相手が嫌がることは、しないようにしましょうって、本当に単純な話なんです。

なので、ある意味で、宮迫家のように夫婦お互いが不倫を許しているなら、不倫も肯定されますけどね。笑

 

でも、いちおう民法で不倫は悪いこととして規定されているんですよ。

不倫つまり不貞行為は離婚の正当な理由になります。

当然、民法ですから罰則はありませんけどね。

でも法律とか無関係に、一般家庭なら不倫は一発アウトでしょう。苦笑

相手が嫌がること、悲しむことはするなよ、という話です。

 

でも、だれですかね、「不寛容社会」なんて言葉を論理をすり替えて持ち出すのは!

まったくの、筋違いなんですけどね。

悪いことは悪いって言わないとダメですよ。

ていうか、まあ、左派の人なんでしょうけどね。

政治的な何かを感じてしまうのは自分だけでしょうか。。。苦笑